「暴力がなければ再入院できない」と言われた日|児童精神科で、不登校の息子と路頭に迷った母の記録

不登校・分離不安

「暴力がないなら、本人の同意なしに再入院はできません。」

4月1日の診察室。
主治医から告げられたのは、冷たい現実でした。

児童精神科の再入院は、本人の同意がないとできないのでしょうか。

支援のプロとして、理解できる「正論」でありながら、
1人の母親としては、どうしようもなく絶望する言葉でした。

8ヶ月の入院を経て退院したものの、待っていたのは24時間「息子のお友達代わり」を求められる日々。

「5000回お願いされても無理」
追い打ちをかけるように、ショートステイすら拒絶する息子の言葉

私の心は、限界を超えようとしています。

再入院という選択肢が閉ざされた今、主治医から託された「児童相談所」というバトンと、お留守番の鍵となるスマホを片手に、共倒れを防ぐために、生き延びるための術を綴ります。

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はじめに

先日、児童精神科の診察に行ってきました。

「再入院になるかもしれない」

緊張しながら向かった診察でした。

でも、現実は違いました。

「今は暴力がないので、医療保護入院の対象にはなりません」

そう告げられました。

続けて

「児童相談所に相談、ちゃんとしてね」

「児相を通せば、入院の対象になる可能性はあるから」と。

医師から放たれた言葉に、わたしは失望しました。

児相には、過去何度か面談に行っていました。

息子の暴力がいちばん酷かった頃です。

「何度も何度も息子に殴られて、一度だけ手をあげてしまった」

正直に打ち明けた私の前に、1枚の「虐待防止」のチラシが置かれました。

そして「暴力はだめです」とだけ懇々と説明を受けたのです。

救いを求めて向かったのに、ただただ叱られて、呆然としました。

その時「児童心理治療施設」についても、勇気をだして、入所したい旨を伝えました。

でも「うーん」と苦笑いをされて、話を逸らされて終わりました。

結局、児相では何の解決にも至らず、助けてもらうことができませんでした。


そんな苦い思いをした児童相談所に、相談をして何になるのだろうか。

私は不信感しか持っていないし、きっとまた助けてもらえないのだろうと絶望しています。


それでも、今の私はもう、選り好みをしていられる状況ではありません。


再入院という選択肢が閉ざされた今、

残されているのは「児相に繋がる」という道だけです。


正直に言えば、怖いです。


またあの時のように、

「分かってもらえない」「助けてもらえない」

そんな思いをするのではないかと、足がすくみます。


でも、このまま何もせずにいたら、

きっと私や娘の方が先に限界を迎えてしまう。

それは、息子にとっても、わたしや娘にとっても、決していい結果にはならないはずです。


だからこそ私は今、もう一度、児相と向き合うしかないと感じています。


この記事では、

・児童精神科で再入院を断られた理由

・「暴力がないと入院できない」という現実

・児童相談所との関わりについて感じていること

について、正直な気持ちとともに綴っていきます。


同じように、

「どうしたらいいのか分からない」と立ち止まっている方に、

少しでも届くものがあれば嬉しいです。

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「児童精神科の再入院」は本人同意が必要?断られた理由と現実

診察室の椅子に座り、主治医の言葉を聞きながら、わたしは呆然としていました。

あんなに荒れていた日々を乗り越え、やっとの思いで退院し、今また限界が来ている。

それなのに、再入院の扉は「息子の同意」という鍵で、固く閉ざされていたのです。

医師から告げられた「暴力がないため入院不可」という判断

「お母さん、今の状況だとね、息子くんを無理に入院させることはできません」

医師の言葉は、法律や医療のルールに則った「正当な判断」なのでしょう。

でも、その言葉を聞いた瞬間、私の心はばらばらに砕けました。


新学期から2週間様子を見る、と決意していた前回の受診後。


今の「暴力がない状態」は、決して息子が完治したからではありません。


私が自分の仕事も、1人の時間も、すべてを投げ出して。

24時間「お友達代わり」として息子の相手をしている。

所詮は「薄氷の上の平穏」に過ぎないのです。


「暴力を振るわなければ助けてもらえないの?」

「私がボロボロになるまで耐え続けるのが、唯一の正解なの?」

喉まで出かかったその言葉を、私は必死に飲み込みました。

医療保護入院の条件とは(精神保健指定医の判断)

精神科の入院には、本人の同意がある「任意入院」と、

家族の同意で行う「医療保護入院」があります。

今回、私が望んでいたのは後者でした。

しかし、これには高いハードルがあるのです。

精神保健指定医という特別な資格を持つ医師が診察し、

自傷・他害の恐れが著しく高い」と判断されなければ、

家族がどれだけ「もう無理です」と泣いても、強制的に入院させることはできないのです。


今の息子は、デイに1~2時間だけ行き、家では私を独占してゲームに浸っていて。

その姿だけを見れば、医師の目には「入院させるほどの緊急性はない」と映ってしまうのでしょう。

「暴力がない=問題なし」ではない家庭の現実

世間一般で言う「暴力がない」という言葉と、

発達障害児を抱える家庭の「暴力がない」には、天と地ほどの差があります。


叩かれたり蹴られたりしていなくても、しんどいものはしんどいです。

24時間「ママママ」と追いかけ回され、トイレにすらゆっくり行けない。

「お留守番は12歳まで無理」と宣告され、働く権利を奪われる。

1時間でも2時間でも、ゲームを一緒にさせられる。

好きなYouTubeを「一緒に見て、目をそらさないで」と強要される。


真綿で首を締めるように、じわじわとわたしの自由は削り取られていくのです。

目に見えるアザはなくても、私の心は毎日、見えないナイフで削り取られています。


「暴力がないから大丈夫」


その言葉が、どれだけ当事者の親を孤独に追い込み、追い詰めていくのか。

医療の枠組みからも、こぼれ落ちてしまった私たちは、どこへ向かえばいいのでしょうか。

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不登校の息子に「5000回無理」と言われた日|拒絶と限界

診察の帰り道、私は意を決して息子に切り出しました。

お母さんも少しお休みが欲しいから、ショートステイに行ってみない?」と。

その返事は、私の淡い期待を粉々に打ち砕くものでした。

5000回お願いされても、絶対無理

その言葉には、一切、交渉の余地がありませんでした。

ショートステイを拒否する理由(不安・母子分離不安)

息子にとって、ショートステイは単なる「お泊まり」ではありません。

「お母さんから遠く離れた場所」

「二度と会えなくなるかもしれない場所」

そんな得体の知れない恐怖を感じているようです。


8ヶ月という長い入院生活を経て、ようやく手に入れた「お母さんと一緒にいられる毎日」。

彼の中に根深く残る母子分離不安は、私の想像を遥かに超えていました。


「ママがいないと怖くて生きていけない」

息子の必死な叫びは、愛情の裏返しであると分かっています。

でも、その愛情が、今の私には重く鋭い鎖のように感じられてしまうのです。

24時間「ママ」と呼ばれ続ける生活

家の中にいても、私の心がやすらぐ暇はありません。

トイレに行けばドアの前で待たれる。

キッチンに立てば裾を引かれる。

1日に何十回、何百回と「ママ、ママ」と名前を呼ばれる。

ねえ、マイクラのアスレチック作ったから、一緒にやって!

次はサバイバルね、ママは洞窟に行って戦ってきて

1日2時間以上、彼の「お友達代わり」としてゲームのコントローラーを握る時間。

画面の中の自由な世界とは対照的に、私の心はどんどん自由を奪われていきます。

息子の相手をしてあげたい自分と、「もう解放してほしい」と叫ぶ自分が、常に心の中で殴り合っています。

働けない・離れられないという現実

お留守番は12歳まで無理だからね

息子が何気なく放ったその言葉は、私の未来への宣告のようでした。

どんな資格を持っていても、家から一歩も出られない今の私には、それを活かす場所がありません。

どうやって生計を立てていけばいいんだろう?

いつになったら、自分の足で社会に立てるんだろう?

不登校の影に隠れた「親の就労権の喪失」という問題。

離れられない、働けない。

その事実は、わたしから自立したい気持ちを、確実に奪っていきます。

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きょうだいへの影響|妹が「引きこもる」ようになった理由

兄の「ママ、ママ」という叫び声と、鳴り止まないゲームの音。

その傍らで、静かに、でも確実に居場所を失っていく5歳の娘の姿がありました。

最近、娘は自分のスマホを手に、寝室へ閉じこもる時間が増えています。

リビングに、この子の居場所がないのかもしれない

そう気づいたとき、私は母親として、言いようのない申し訳なさと無力感に襲われました。

テレビやゲームを兄が占拠する日常

我が家のリビングは、常に息子を中心とした世界が回っています。

息子が「今、これをやりたい」と言い出すと、止まることはありません。

テレビもゲームも、そして母の意識もすべて、彼に占領されます。

娘が「アニメが見たい」と言っても、息子のパニックを恐れて「お兄ちゃんが終わってからね」と、そっとスマホを娘に渡してしまいます。

情けない母親の姿が、娘の目には映っていることでしょう。


そして一度、息子が激昂すれば、リビングの空気は一瞬で凍りつきます。

困った顔をして、ひとり静かにしている娘。


そんな張り詰めた空間から逃げるように、娘は一人、静かな寝室へと足を向けるようになりました。

我慢してしまう子どもの心理

娘はまだ5歳です。本来なら、わがままを言って甘えたい盛りのはず。

それなのに、彼女は「お兄ちゃんが大変だから」「ママが困るから」と、空気を読んで自分の感情を押し殺すことを覚えてしまいました。

寝室で一人、YouTubeを見続ける小さな背中。

それは「やりたいからやっている」のではなく、「ここにいても自分の願いは叶わない」という諦めの裏返しなのかもしれません。

親の顔色を伺い、衝突を避けるために自分の世界に引きこもる。

その健気さが、今の私には何よりも辛く響きます。

きょうだい児へのケアの難しさ

上の子も下の子も、平等に愛したい

そんな理想論が、今の我が家では通用しません。

発達に特性がある兄に8割、9割のエネルギーを注がざるを得ない日常。

残りのわずかな力で娘を抱きしめる。


でも、その腕の中ですら、息子からの「ママ!」という呼び出しがかかれば、私は娘を置いて行かなければなりません。

きょうだい児へのケア。

どうしても、私の物理的な「時間」と「精神的余裕」のなさという壁にぶち当たります。


娘の声なき声を、わたしは沢山聞き逃していることと思います。


春休み前は、息子がデイサービスに行っている間、2人でお茶をしてのんびり過ごす時間を毎週つくっていました。

でも春休み中、デイサービスにほとんど行かなくなった息子がいて。

娘と2人の時間を、なかなか作れておらず、とても苦しい気持ちでいっぱいです。

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再入院できないときの選択肢|児童相談所(児相)との連携

病院がダメなら、次はどこへ行けばいいの?

再入院の道が閉ざされた診察室で、私は暗闇の中に放り出された気分でした。

そんな私に主治医が投げた唯一の命綱が「児童相談所(児相)」という選択肢でした。

正直に言えば、私にとって児相は「助けてくれない場所」という苦い記憶しかありません。

でも、背に腹は代えられない今、私はもう一度その門を叩く決意をしています。

医療と福祉の役割の違い

なぜ病院(医療)では入院させてもらえず、児相(福祉)を勧められたのか。

そこには明確な役割の違いがあるのです。

児童精神科のある病院はあくまで「病気の治療」をする場所です。

自傷他害の恐れなど、医学的な緊急性がない限り、強制的な入院はできません。

児相をはじめとする福祉の役割は「生活の保護」です。

病気が治る・治らないに関わらず、「親が限界で育てられない」「家庭が崩壊しそう」という事態を防ぐのが彼らの仕事です。

治療」としては入院の対象にならなくても、「保護」としては支援の対象になる。

この細い1本の糸にすがるしか、今のわたしには手立てが残されていません。

「児相に相談して」と言われた本当の意味

主治医が「児相に繋がってね」と言ったのは、決して私を突き放したわけではありません。

今、お母さん一人ですべてを抱え込むのは、虐待や共倒れのリスクがある。だから、公的な介入を検討して」という、医療から福祉への正式な「SOSのバトン」なのです。

病院という「点」の支援ではなく、児相という「面」の支援を受ける。

そして、初めて「母子分離」や「施設入所」といった具体的な解決策がテーブルに乗ることができるのです。

児童相談所は怖い場所?実際の役割

児相に相談したら、親失格だと思われるんじゃないか

無理やり子供を連れ去られるんじゃないか

かつての私と同じように、そう怯えている親御さんは多いはずです。


特に私は、過去に「暴力はダメです」と書かれたチラシを置かれただけで終わった、苦い経験があります。

でも、本来の児相は「親を裁く場所」ではなく、「家庭というチームを維持するために、限界を肩代わりする場所」なのです。

もし、親が「もうこれ以上は無理だ」と声を上げなければ、彼らは動くことができません。

だからこそ、不信感を抱えながらも、「親としての限界」をありのままに伝えることが、家族を守るための唯一の手段なのだと自分に言い聞かせています。

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不登校の子どもと距離を作る方法|iPhoneが築く「お留守番」という選択

再入院の道が閉ざされ、児相への不信感も消えない。

そんな八方塞がりの私が、自分自身を救うために切ったカード。

それが、息子のためのスマートフォンでした。

「子供にスマホなんて早い」「依存が怖い」

そんな一般的な子育て論は、今の我が家には通用しません。

この2万円は、私と息子が共倒れしないための最後の砦なのです。

なぜ「スマートフォン」が必要だったのか?

息子は「お留守番は12歳まで無理!」と発狂します。

私がトイレに行くだけで「ママ!」と叫び、1日2時間もゲームの相手を強要される。

この密着状態を打破するには、言い聞かせるだけでなく、物理的な「繋がっている安心感」が必要でした。

ママが働くには、あなたがお留守番するか、放課後デイに行くか、選ばないといけない

何度も何度も伝えた末に、息子から返ってきた「ママと電話できるなら、頑張ってみる」の言葉。

小さな成功体験を積むための道具として、スマートフォンは欠かせないアイテムでした。

スクリーンタイムで守る「安全な距離」

もちろん、買い与えて終わりではありません。

「スクリーンタイム」機能をフル活用し、徹底的に管理していきます。

お留守番の時だけ、スマホを渡すというルールのもと、

・不適切なサイトのブロック: フィルタリング機能を使う。
・位置情報の共有: 「探す」アプリで、お互いの居場所がいつでもわかるようにする。

この2つの機能を、息子と相談して使うことにしました。

これは制限ではなく「自由を楽しむためのルール」です。

安心して一人の時間を過ごせるように、スマホを上手に利用していけたらと思っています。

スマートフォンがもたらす「3週間の猶予」

主治医と息子が交わした「次の診察まで登校を頑張る」という約束。

次の診察まで、3週間です。

この期間をただ耐えるだけなら、限界を超えてしまうことでしょう。


でも、このスマホがあることで、少しずつ「物理的な距離」を作る練習ができると信じています。


2万円という金額は、今の私にとって決して安くはありません。

でも、これで「1人の時間」と「息子の自立心」が買えるのなら。

決して無駄な投資ではないと思います。

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まとめ|再入院できないとき、親ができる現実的な選択

今回の診察で分かったことは、ひとつです。

児童精神科の再入院は、「親が限界だから」では決まらないという現実でした。

・暴力や自傷などの緊急性があるか
・本人の同意があるか

この条件が揃わなければ、医療は動きません。

だからこそ、

「再入院できない=終わり」ではなく、次の選択肢に進む必要があります。

・児童相談所に繋がる
・ショートステイなど福祉サービスを検討する
・家庭内で距離を作る工夫をする

私にとっては、それが「児相」と「スマートフォン」でした。

正直に言って、どれも簡単な道ではありません。


それでも、私が倒れてしまえば、すべてが終わってしまうでしょう。


完璧じゃなくていいから、「共倒れしないための選択」を積み重ねていこうと思います。


3週間後、新学期が始まったとき。

不登校に苦しむ日々を過ごすのか、はたまた学校へ行けるようになるのか。


その時、私たちがどんな景色を見ているかは分かりません。

でも、今日動いた自分を、私は信じてみようと思います。


みなさんは、お子さんとの距離をどう作っていますか?

コメントやXで、教えてもらえると嬉しいです


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

また次の記事で、お会いしましょう。


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